祇園甲部(ぎおんこうぶ)祇園東(ぎおんひがし)

京都の風情ともいえる和服にかんざし姿の舞妓さん、芸姑さん。彼女らが働く花街とはどのようなところでしょうか。もともと、八坂神社や北野天満宮など、多くの寺社仏閣がある京都において、門前でお茶やお団子を提供していた水茶屋(みずちゃや)が起源であったと考えられています。やがてお客様の争奪戦となり、歌や踊りなどの芸を披露する女性たちが現れました。それらが現在まで続く茶屋となり、集合することで繁盛し花街を形作っていきました。現在、京都には五花街(ごかがい)と呼ばれる花街があります。

祇園甲部(ぎおんこうぶ)
祇園東(ぎおんひがし)

京都の象徴とも言える「祇園」は、鴨川の東側、四条通の南北に位置します。八坂神社門前のお水茶屋がルーツになったと言われており、現在に至るまで多くのお茶屋が並びます。「いつかは鴨川の東側(=祇園)で飲んでみたい!」と京都の若者が言うとおり、お茶屋の他にも高級な料亭や飲み屋が並ぶ、日本を代表する花街です。

宮川町(みやがわちょう)

「京おどり」で知られる宮川町。現在の四条河原を南へ下ったあたりです。鴨川の石積みの完成とともに発達、もともと芸能が盛んであった四条河原の芸姑とともに、現在も芸姑一筋のお茶屋が並ぶ花街です。

上七軒(かみしちけん)

北野天満宮近くに栄える花街。北野天満宮の門前水茶屋の「七軒茶屋」を起源としています。1587年の豊臣秀吉が開催した北野大茶会のおり、この七軒茶屋にて秀吉が休憩、対応にたいへん喜んだ秀吉により、現在まで栄える花街として成長したと言われています。

先斗町(ぽんとちょう)

京都・伏見間の水運を担っていた高瀬川沿いに栄えた花街。古くは高瀬川を行き交う船頭や船客相手の茶屋から発達したと考えています。「ぽんとちょう」という個性的な呼び方はポルトガル語の「先(=ポント)」が由来とも言われています。鴨川沿いに並ぶ川床は京都を代表する景色の一つです。

いずれの花街のお茶屋も、お座敷あそびはいわゆる「一見さんお断り」としているところが多く、楽しむには誰かに紹介してもらう他はありません。
そこで、風情あふれる町並みを散策して楽しんでみてはいかがでしょうか?幸いなことに、上七軒をのぞく4つの花街は徒歩で回れる程度の広さであり、また上七軒も観光地として名高い北野天満宮のすぐ向かい側に位置しています。茶屋の他にもこれらのエリアにはお洒落なバーやおみやげ屋さんが多くあります。ぜひとも、京都の歴史と現在に触れてみてください。